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羊の木で錦戸亮は「普通の人」 [∞映画関連]


羊の木


1回目は

「朝からすき焼き」な気分になったけど

それがこなれていくうちに

気になる、とか

確かめたい、とか

知りたい、とか

いろんな想いが湧いてきて

再度見に行ってきました






月末は”普通の人”だった。


私、この映画について

「錦戸亮は普通の人を演じるのが上手い」

みたいな、

「普通の人」っていうのをよく目にしても

なんのことか、分かんなかったんです。

だから、初感想にも

「普通の人」って発想は出てこなかった


市役所職員だから? 時代が現代だから?

???だったのが

思い当たることにぶつかって

それを今回、注目してみました




そしたら、

月末は普通の人だった。

そこになんの違和感も無かったから

「錦戸亮は普通の人を演じるのが上手い」

ってことなんだろうな。

はあ、自分的にすっきり(笑)





だって、月末は仕事して。

家に帰れば老いた父の世話。

高校時代から気になってた文と一緒に

バンドするのが楽しみ。


仕事で関わることになった6人の過去も

自分から積極的に調べたわけではない。

仕事の域を越えて過度に関わっていない。




ほら、もうそれだけで「普通の人」

なんで最初っから気付かなかったんだろ?

自分の鈍感さを再確認したわ






日常では接点持たないような人と

初めて会ったら

「ここは人もいいし、魚も美味い」

それくらいしか会話の糸口は無いよね。


その一言が初対面の相手によって

緊張の度合いが違っていたり。

それによって声の感じも違っている。


文字では同じなのに 声に出せば違う。

亮ちゃんの

「平面を立体にする力」の凄さよ!






で、もひとつ。私にはまだ謎なのが

「宮腰って死んだんですか?」


別に、

生き返ってほしいとか願ってるわけではないが

あれが彼の最期だとした寂しいような。

でも友達になりたかった月末と一緒だったから

嬉しいというか、

自分にも友達がいるって思えて幸せだったのかな!?






宮腰って

ずっと愛を求めてたんだと思う。

だから「仕事として?友達として?」

まずは言葉で月末の気持ちを図ろうとした。


まっすぐに聞くことしか出来ない宮腰。



まっすぐに聞けるほどの関係が無かった杉山は

どう関係を築いていいのか分からず

手っ取り早く、殺してしまった


でも「友達」と言ってくれる月末には

自分で手を下すことは出来なかった


自分も一緒に死ぬつもりだったのか、

2人とも助かると思っていたのか、、、

どちらにしても、

「愛されている自分」を実感していたら

違う行動に出ていたような気がする








「宮腰は死んだ」と考えるのが妥当だと思うけど、

栗本が拾った缶の蓋に羊が5頭なのは

また殺人を犯してしまった宮腰以外の

5人なんだと思うけど、

でもどっちも私は

監督や脚本の方に正解、あるいは

解説を聞きたいとは思わない


最近、そういうのを質問して答えてもらうのが

流行りというか、

作品を読み解くみたいになってるけど。

私はそこは自分であれこれ想像して考えたい。


作品の余白というのかな?!


訊いて答えてもらって

それで自分の感想に納得するのではなく。

たとえ見た直後にとんちんかんでも

何年後かに「あーー、そういうことだったのか」

日々の生活を踏まえて

新たな感想を抱くかもしれない。


そしたら1作品に一つの感想ではなく、

いろんな想いを持てる。

いろんな味わい方ができる。

オイシイよね



そう思ってるので

今回の感想がとんちんかんだとしても

私の記録なので残しておく





羊の木に羊が5頭なのは

宮腰以外の5人だとしても

そこにつながってる木が宮腰だとしたら

5人の土台というか幹になれて

宮腰も幸せなんじゃないかなあ




何一つ、

結論が出せないのも

この映画のいいところ!

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