俺節 第二部【書き起こし⓽】 [俺節]
俺節 第二部 書き起こし⓽
テレサは入管に足止めのまま。
取り調べ態度がいいので
一つだけ要望を聞いてもらえた
演歌を聞きたい
テレサが口ずさんだのは
『北国の春』
歌詞の意味を知らない時から
好きでした。
この歌、だって
歌詞とかメロディーとかじゃなく、
気持ちが飛んできたんです。
私、
あの人が歌ってる時の気持ちを
好きになったんです。
男1:あの人?
男2:千昌夫だろ
気持ちは私の気持ちでした。
でもどうして私の気持ちが
あの人の中から
出てきたんでしょうか?
男2:千昌夫の連絡先、
分かるか?
テレサの望むことを
かなえてあげたい、
そう思わせるものが
テレサにあるのが
よく分かる場面でした
そして、
こんなシリアスな場面にも
千昌夫で小ボケ…
好きです(笑)
♪好きだとお互いに
言い出せないまま♪
みれん横丁に住人の声が響く。
歌声は物悲しくて、
歌詞にも場面にもよく合っていて
泣きそうになる
住人:あれ?大野の旦那じゃないか?
大:ちょっとの間に
ずいぶんさびれたなあ
住:何言ってんだよ。
前からさびれてたよ
大:いやあ、
賑やかだった気がしてたけどなあ
住:ま、人は減ったな
住:こんなところにも
地上げ屋が来てよお。
立ち退け立ち退けで
このざまですよ
大:そうか、そいじゃ
住:用があるんじゃないのか?
大:あ?あああ
住:旦那は旦那で
景気悪そうな顔、
してるぞ
大:仕事、紹介してくれねえか?
住:参ったなあ。
旦那がそんな言葉、
吐く日が来るとはなぁ
住:しかも同じタイミングでなあ
大:カラオケマシンには
適いませんわ。
え?同じタイミング?
住:さっき、
コージも帰ってきたから
大:コージがいるのか?
いるよおー
舞台下手でコージは
ゴミの山に埋もれていた。
手足を伸ばしてごみをはねのけ
むくっと顔を出し、
よろけながら立ち上がった
大:なんだ?お前
デビュー、無くなりますた。
大:え?なんでだよ
住:スポンサーの社長を
殴ったってさ
住:そういうやつには
見えなかったけどな
もう終わりです。
デビューも無く、
テレサもオキナワもいなくなった。
残ったのは冴えない仲間と
落ちぶれた師匠だけですよ。
大:失礼なこと、言うな。
僕の人生、終わりです。
住:ほら、旦那。
なんか言ってやれよ
大:めんどくせえなあ。
そんな簡単に
人生終わってたまるかよ
住:そうだそうだ、
そういうことだよ
大:パッと終われりゃ楽だけどなあ。
人生ってのは
じわじわと枯れていくから
やりきれねえんだよ
住:やなこと、言うなよ
十分歌いました、で、
届かなかったんです。
力不足です。
意外とさっぱりとした気分です
大:お前、そんなに歌、
歌ったっけか?
一緒に散々流しで回ったでしょ!?
実はコンテストも
けっこう受けてました。
それに
大:で!?そこでお前は
本当に歌を歌っていたのか?
そりゃ歌ってましたよ。
知ってるでしょ!?
大:コージ、俺は流しの端くれとして
いつでもリクエストに
応えられるように
レパートリーだけは何千曲もある。
だけどそれって歌か?
違うならなんなんですか?
大:たぶん、楽譜だな。
俺の頭の中にあるだけだったら
歌じゃなくて楽譜だ。
俺の口から出て初めて
それは歌になる、
いや、音になる。
はあ?
大:まだ歌じゃない、音なんだ。
メロディーだ。
お前の耳に届く、
まだ歌ではない。
お前の心に届く、惜しい、
まだ歌じゃない。
いいか、お前が日々の暮らしの
あれこれに打ちのめされて
歯を食いしばっているような場面で
お前の頭の中で
いつかの俺が発した詞とメロディが
鳴り響いたなら
その時、初めてそれは
歌と呼ばれるものになる。
俺はそう思ってる。
だからな、コージ、
自分の歌が果たしてほんとに
歌だったかなんて
すぐには分からねえんだ。
それは聞いた何十年もあとに
やってくるかも知れねえんだ。
十分歌ったなんて
簡単に口にするな
だども…
誰に何をどう歌ったらいいのか、
もう分かんねえべしよ
大:なんだ?
人の気配に見上げると
階段上から
北野がやってくるところだった
北:そんなコージくんに
とっておきの歌があります。
北野と大野は
「だいちゃん」「へーちゃん」と呼び合う、
かつての歌のライバルだった
北野と大野が揃い、
オキナワもやって来た。
場所はみれん横丁。
一気に気持ちが引き締まり
いよいよ終盤なんだと思うと
聞き漏らすまい、見逃すまいと
私は
一心に舞台を見つめていた